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博多(筥崎宮)の放生会とは?見世物小屋・時間・おはじき

博多(筥崎宮)の放生会とは?見世物小屋・時間・おはじき

筥崎宮は福岡市東区にある筑前国一宮。

筥崎八幡宮とも呼ばれ、宇佐神宮、石清水八幡宮とともに、日本三大八幡宮のひとつとされます。

祭神は応神天皇、神功皇后、玉依姫命の八幡三神。延喜21年(921年)に筑前、穂波郡の大分宮より、護国の要として博多湾岸に遷座したとされます。

元寇の際に、亀山上皇が戦勝を祈願し、俗にいう神風が吹いて未曾有の国難にうち勝ったことから、厄除、勝運の神として興隆します。

そして、筥崎宮は博多の守護でもあります。

博多は筥崎宮の「玉せせり」で正月を迎え、7月は筥崎浜で山笠の「お塩井取り」、そして9月の「放生会(ほうじょうや)」は、博多の秋の風物詩です。

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博多の秋は、筥崎宮の放生会ではじまります。

博多んもんは「梨も柿も放生会」ゆうて、筥崎さんの放生会で、秋ば感じるとです。

9月12日~18日の筥崎宮の「放生会(ほうじょうや)」は、生命を尊び、山海の幸に感謝する祭り。山笠、どんたくと共に博多三大祭りのひとつとされます。

7日間の日程で、150万人の人出で賑わいます。長大な参道に700軒の露店が並ぶ、九州最大級の秋祭り。毎日、お昼ごろから夜の10時頃まで賑わいます。

放生会の名物は、筥崎宮で売り出される縁起物の「おはじき」と「博多ちゃんぽん」。博多人形師が作るおはじきは、整理券が配られるほどの人気。ビードロの博多ちゃんぽんは巫女さんの絵付け。こちらも大人気です。

もうひとつの名物が「お化け屋敷」と「見世物小屋」。おどろおどろしい看板が、懐かしい昭和の世界です。
見世物小屋のラインナップはヘビ女、ヤモリ女、縄文人といったところ。お代は見てのお帰りで、大人700円。大人気です。

露店は定番の金魚すくいに射的や、型抜き。リンゴ飴やイカ焼き、飴細工、、。また、陶器市や植木市もあって、大人も楽しめます。

西国の歴史が凝縮された、筥崎宮の歩きかた

博多(筥崎宮)の放生会とは?見世物小屋・時間・おはじき

博多湾内、箱崎浜から社殿まで、長大な参道が延び、4つの鳥居が直線に並んでいます。

境内への入口に、石造一ノ鳥居があります。慶長14年(1609年)に、黒田長政が奉納したもの。筥崎鳥居と称される、国の重要文化財です。

そして、正面に豪壮な楼門が聳えています。文禄3年(1594年)筑前太守、小早川隆景が建立したものです。「敵国降伏」の扁額を掲げることから伏敵門とも呼ばれます。この扁額は、元寇の際に亀山上皇が奉納したもので、醍醐天皇の宸筆とされます。

元寇、文永の役においては、筥崎宮においても戦闘が行われ、その際、兵火に罹った社殿が焼失しています。

元軍は兵4万、軍船900隻で押し寄せたとされます。が、戦闘の翌朝には、元軍は忽然と博多湾から姿を消します。社殿を焼失させたことで、八幡神の怒りを買い、夜半、神風が吹いて、元軍を波間に沈めたと伝わります。

以降、国難にうち勝った八幡神の神威により、筥崎宮は隆盛を誇ります。

拝殿、本殿は、元寇の戦火と戦国の混乱で荒廃したものを、天文15年(1546年)に、周防の大内義隆が建立したものです。本殿は漆塗、檜皮葺(ひわだぶき)の名建築とされます。

楼門、拝殿、本殿はいずれも国の重要文化財です。

楼門の傍に、御神木の「筥松(はこまつ)」があります。応神天皇が生まれたときの御胞衣(えな)を筥に入れ、この地に納めたしるしの松とされ、社名の由来となりました。

また、境内には触ると運が湧き出る「湧出石」、苔むす「さざれ石」、また、元の軍船の碇石や、千利休奉納の石灯篭といったパワースポットや、銘石などが散在します。

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博多(筥崎宮)の放生会とは?見世物小屋・時間・おはじきまとめ

正月3日の「玉せせり(玉取祭)」は、締め込み姿の男たちが、触れると福を授かるとされる木製の宝珠をめぐり、激しい争奪戦を繰り広げます。

博多山笠の始まりは、7月1日、9日の箱崎浜の「お汐井とり」。法被に締め込み姿の舁き手が、清めの真砂(まさご)を取り、夕日に柏手をうって安全を祈ります。

そして、秋は前述の「放生会(ほうじょうや)」。博多の四季は、筥崎さんと共にあるのです。

筥崎宮
祭神 応神天皇、神功皇后、玉依姫命
社格 式内社 名神大 筑前国一宮 官幣大社 別表神社
創建 延喜21年(921年)
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1
092-641-7431
公式HP: 福岡の神社 日本三大八幡 筥崎宮
アクセス
福岡市営地下鉄「箱崎宮前駅」1番出口より徒歩3分
JR九州鹿児島本線「箱崎駅」西口より徒歩8分